「……!」
千尋は恐怖で声が出ず、腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。
「お前が憎い……。お前のせいで俺はこんな身体になってしまった。殺してやる!」
長井は刃物を振りかざし、千尋に振り下ろそうとしたその時。
「千尋ーっ!!」
渚が玄関から飛び込んで来ると長井の頬を思い切り拳で殴りつけた。
「!!」
勢いあまって車椅子から転がり落ちる長井。
「く、くそ!」
長井は床を這い、刃物を取ろうとしたところを渚は刃物を蹴り飛ばし、長井に馬乗りになると胸倉を掴んだ。
「貴様! まだ千尋を狙っていたのか!? 絶対に千尋には手出しをさせないぞ!」
さらに数回殴りつけると、長井はぐったりと気を失ってしまった。
渚は荒い息を吐きながら台所から粘着テープを持ってくると長井の両手を後ろ手に縛りあげた。
「……な、渚……君……? どうして……?」
震えながら見守っていた千尋の眼に涙が浮かぶ。
「千尋! 無事でよかった!」
渚は千尋を強く抱きしめた。
「う、うん…」
千尋は何とか返事をすると、渚は慌てて離れた。
「あ……い、一体、俺は今なにを……?」
渚は自分の行動が信じられず、両手を見つめた。
「渚君……もしかして記憶、戻ったの……?」
千尋は恐る恐る尋ねた。
「自分でもよく分からない……ただはっきり言えるのは、まだ俺の中にはあいつが残っている。いや……あれは残像なのかもしれない」
「残像……?」
「ああ、多分な。でも少しはお前のこと、思い出したぜ。俺達、この家で一緒に暮らしてたんだよな?」
「うん……。私もまだあまり記憶が戻っていないけど、渚君と私はここで生活していた。渚君の中には、ヤマトがまだいるんだよね?」
千尋の眼に涙が浮かぶ。
「そうか……あいつ、ヤマトって名前だったのか。今初めて知ったよ」
そして渚は足元に転がっている長井を見下ろした。
「とりあえず、こいつを警察に通報するか?」
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そこから先は大騒ぎとなった。
長井は警察に再び連行され、里中は長井と一緒にパトカーに乗り、ずっと説教をした。
連絡を受けた祐樹は、何故渚がここにいるのか、もしかすると記憶が戻ったのかとしつこく問い詰めたのだった……。
「渚、お前やっぱり千尋のことを思い出して、また好きになったんじゃないのか?」
千尋の家からの帰り道、祐樹は渚に尋ねた。
「さあな? 正直な所……俺にもよく分からない。